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あの日から半年

今日は、3・11からちょうど半年にあたり、午後2時46分に市内一斉にサイレンが鳴り被災者のご冥福を祈り黙とうを捧げました。

私の実家も半壊認定を受け、現在は兄夫婦は避難所暮らし。
家の片付けは済んで綺麗になったけど、60歳近い長兄夫婦。
これから家を新築するのは難しい問題がたくさんあるようです。



 今朝3時半過ぎ、地鳴りで目が覚め思わずテレビをつけたらこちらは震度2でした。
布団に入り静かな時間帯だったので、もっと大きいかと思ったけど・・

今年は、近畿地方でも台風でもたくさんの被害もあり、
何もしていないのに、突然家や命を奪われ無念だったでしょう・・映像を見るたび胸が痛みます。



今日、女子プロゴルフ選手権が県内のゴルフ場で開催されています。
その会場で、わが職場の会長さん達が出張販売(復興支援)しています。
震災後、多くのところから支援を受け助けて頂いています。

東北地方の被害はさらに甚大で
そんな折の、経産相の資質に欠ける失言には、驚きと怒りを覚えます。




3連休の頃、いつもの福島に出かける予定です。
大好きな福島へ(^^♪
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がんばれ福島(転載)

5年前より福島のある地に毎月病気療養に通っていました。
通いながら福島各地も観光し、穏やかな暖かい人柄や素晴らしい風景に第2の故郷と感じていました。


とても身近な福島県が地震、津浪の被害はもとより目に見えぬ原発に怯え多くの方が避難生活されています。
沢山の方の顔が浮かび、どう過ごしているのだろうと案じていました。

そんな中、千葉県在住のしばまりんさんという方の必死の訴えをブログ友さんのところで知り胸を打たれ転載させて頂きます。




以下しばまりんさんのブログです



   ☆    ☆    ☆    ☆    ☆    ☆    ☆

  

福島県出身、千葉県在住の「しばまりん」と申します。

東北関東大震災以来、テレビ等で見る被災地の現状、被災者の訴えに涙を流さない日はありません。
節電のためと、ブログを書く心の余裕がなかったため、しばらく休んでおりましたが、どうしても伝えたいことがあって久しぶりに記事を書きます。
私のつたない文章では何も伝わらないかもしれない。
もしかしたら逆効果かもしれない。
そんな不安もあって、一晩悩みましたが・・・・・・書きます。


連日報道されております、福島第一原発での事故。
東京電力の職員の方々、東京消防庁ハイパーレスキュー隊の方々による命がけの作業によって、一時的な危機は脱出したものの、いまだ予断を許さない状況です。
各方面への放射能の影響は皆様の最も気になるところかと思います。
規制値を超える数値が検出されたとして、茨城・栃木・群馬・福島県産のホウレンソウ・カキナ、福島県産の原乳に出荷制限がかかりました。

たった今搾ったばかりの原乳を、そのまま廃棄処分せざるを得ない酪農家。
出荷直前でキャンセルとなった牛乳工場。
自らの手でホウレンソウ畑を潰すしかない農家。

どれだけ悔しい思いで、廃棄処分の作業に取り掛かっていることか。
中にはすでに廃業を決意された酪農家の方もいらっしゃるようでした。


もっと悔しいのが、すでに広がりを見せている風評被害。
確かに、目には見えない放射能に対する恐怖は、誰にでもあるかと思います。
増して、それに対する知識も少ないでしょうから、なおさらでしょう。
「シーベルト」、「ベクレル」なんて言葉、初めて聞かれた方が大多数だと思います。
私も、今回の件で初めて知りました。
どれほどの数値で、人体には具体的にどのような影響が出るのか。
官房長官はじめ、各解説者、アナウンサーたちの口から聞かれるのは、「ただちに人体に影響を及ぼすものではない」、このセリフばかり。
曖昧ですよね。不安になるのも無理はないですよね。
「よくわからないから、避けたほうが安心だよね」
そう思われるのも、仕方ないことかもしれません。

ですが、今現在、市場に出回っている茨城・栃木・群馬・福島県産の野菜・牛乳はすべて、規制値を超えていない安全なものです。

どうか、風評に惑わされないでください。


すでにご存知の方も多いかと思いますが、風評被害で酷い打撃を受けているのが、福島県いわき市です。
福島第一原発より半径20~30キロ圏内には屋内退避指示が出ています。
いわき市もその一部が範囲に入っております。だけど、それはほんの一部なんです。
「いわき市」、あるいは「福島県」というだけで運送業者が恐怖心を抱き、物資がまったく届いていないというのです。
その状況に不安を感じ、県外に避難する福島県民も多数いると聞きます。
しかし、避難したくても避難できずに、そこに残っている人たちがいるんです。
仕事で残らざるを得ない人、ガソリンがなく、移動手段のない人、逃げることもままならないお年寄り・・・
放射能の不安と物資不足の不安、この両方を抱えて生きている人たちが、今、そこに大勢いるんです。

まして、原発のすぐそばで、避難することもできずに残っている人たちがいます。
原発の敷地内で懸命に作業を続ける職員の人たちがいます。
今までの、私たちの便利な暮らしを支えてきた人たちです。
私たちの安全のために、命を懸けてくれている人たちです。
見捨てないでください。


福島県からの避難者の宿泊をためらった旅館の話だとか、家族を迎えにいくので福島へ行きたいという人の乗車を拒否したタクシーの話だとか・・・
悲しくて、悔しくて、涙が出ます。

「福島」というだけで、どうか逃げないでください。


地震から一週間たった日に、福島に住む友人と交わしたメール・・・
友人から、こんな言葉が返ってきました。

「みんなで元の、いや、それ以上の日本、福島県にしよう!」

私が彼女を励まさなくてはいけない立場なのに、逆に励まされました。
被災しながらも、自分たちの町を復興させようと、前を向いて歩き始めている人たちがそこにいます。
どうか、彼らから希望を奪わないでください。
勇気を届けてください。
力を貸してください。


私の両親と弟も、福島に残っております。
実家は原発からは50キロほど離れており、幸い、食べるものなどには困っていないようです。
それでも、ガソリンや灯油といった燃料は不足しており、灯油節約のため、コタツで三人、身を寄せ合って過ごしているそうです。
家族の他にも、親戚、友人、恩師、その他私が今まで生きてきた中でお世話になっただろう人たちも、福島に残っています。


お願いです。
福島を助けてください。




節電のため、あるいは被災地を気遣って、ブログをお休みされている方も多いかと思いますが、この記事を転載してくださる方、いらっしゃいましたら、よろしくお願いします。
チェーンメールみたいな書き方で気がひけますが、どうか、ひとりでも多くの人にこの願いが届きますよう・・・

しばまりん




    ☆    ☆    ☆    ☆   ☆    ☆


今回、県内で最も津浪の被害の多い私の市でも、春菊から基準値を超えたヨウ素が検出されました。
地元のJAでは、いち早くすべての農作物の出荷を取りやめました。
その他の作物の廃棄処分しました。それをうけて、私の職場(地元農産物直売所)も臨時休業となりました。
現在は、春菊や葉茎菜は自粛していますが、それ以外は出荷可能となり職場も開業しています。
ただ、テレビなどでも何度も放送されていますので、いくら「人体に直ちに影響はない」と言われても
葉茎菜はまった売れませんしお客様が来ません・・・
お客様の中には、ほうれん草を指し「放射能が売ってる。」と大声で言う方も・・

毎月のフレッシュ宅配便は先送りはもとより、本当なら4月から高齢者や買い物に出かけられない方向けに「出前サービス」を農水産課指導のもと始まることになっていました。
私もその注文表を何度も試行錯誤しながら作成しやっと出来上がった矢先の今回の出荷停止でした。。。

こちらでは、地震で農業用水場が壊れ農業用水の供給がいつになるのか解らない事態で
農家の皆さんは今年の米の作付けや、風評被害で夏の野菜の種まきの予定もたたない状態です。

我が家の夫や長男は、茨城県で働いていますが
地震、津波による鹿島火力発電所の設備損傷で、業務再開のめどがたっていません。

そんなこんなで私もため息の連続ですが、
東北の皆さんのご苦労に比べればと、心が痛むばかりです。
不眠不休で働く自治体の職員の方のご苦労や、命がけで作業している原発関係の皆さんも・・

 
みんなが自分のできることから少しずつ・・
原発の1日も早い終息と
日本中がひとつになって力を合わせて復興していくことを願わずにいられません。

   がんばれ福島、がんばれ日本。


(26、27日は計画停電中止でした)

津波・・・

瓦が壊れたり倒壊する家々が続くなか市街地を走り海岸のすぐそばでは・・・・


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道路の脇に架けられた橋が、津浪によって道路に乗り上げ道を塞いでいました。

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ここに架けられていたコンクリートの橋が、津波に流され道路に・・

普段はサーファーで賑わい、地元のサーフィンクラブ員が清掃している綺麗で活気のある海辺の風景でした。


震源地に近い銚子より被害が多かった私の市では、
北から南下してきた津浪が、湾曲した九十九里浜に一度ぶつかって力を増し、津波が巨大になったようです。
2度の津浪より2時間半後、安心した頃の3度目の津波が最大でした。


少し、車を走らせると・・もう写真なんて撮れません・・
先日、長女と食事したレストランも・・


なぎ倒された家屋が続き・・海岸線から1本街中に入った通りは通行止め。
海岸から道路を這うように伝わって商店街に流れ込んだようです。

瓦礫の下から行方不明者が遺体で見つかったそうですが・・・
年寄りを避難させ、もう一度戻り亡くなった方もいたそうです。

次女の保育園に食材を届けてくれる豆腐屋さん、八百屋さん、肉屋さんすべてが・・
災害の1週間前に結婚式を挙げた次女の先輩宅や、もう一人の先輩宅も。



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少し離れた漁港では、堤防に乗り上げた漁船をクレーン車が引き上げていました。



初めて目にした衝撃的な光景に胸が痛み言葉もありませんでした。


震災後から長男もボランテアをしていましたが、今は各地からボランテアの方が1,000人以上も来てくれ、片付け作業にあたっているそうです。
被災された方達が1日も早く元の生活に戻れるよう心から祈っています。
自分の無力さを感じますが、自分のできることから少しずつ・・・




今、日本から外国人の方々が次々と帰国してるそうですが、
長女の勤める図書館には、夜間ポストに沢山の中国人向けの日本語の教材が新しいまま投函されていたそうです。
きっと、帰国するのに持って帰れずに投函されたんですね。



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地震の夜に、鹿児島から安否を気遣い電話をいただきました。
家族ともども無事であることを伝え、断水してることを話すと、早速10ケースもの水を我が家と長女宅に届けてくれました。ほんとうありがたかったです。
我が家では今は復旧したので、今だ断水中の夫の実家や、次女の婚約者宅に水を届けました。

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断水時にはお風呂に入れなかったので、バケツに汲んだお湯でたっくんのお尻を洗っているところを、長男が撮りメールで送ってくれました。

(3連休は計画停電中止となりました)

胸が痛みます。

今までに経験したことのない地震を体験しました。

当時、自分の通院している病院にいました。
1度目は、悲鳴が渦巻く中、道路に逃げました。放送で避難場所の体育館を案内してましたが、落ち着いたので院内に戻りました。そして再度茨城沖が震源の大きな地震が来たときは、耐震構造の現在施工中の新館が開放され避難場所となり、一斉に怒涛の中みんなが避難しました。
ベット数900床の方が入院してるので、ベットのままの患者や車いすの方たちも..包帯だらけの方・・
騒然としていました。病院の方の指示が的確で次つぎ患者さんが運び込まれて来ました。
電話も不通で、茨城方面が火災との話も聞こえてきました。夫や息子の安否が心配でした。


市内では、津波の被害で12人の方が亡くなり、家屋の全壊300軒以上、半壊なども大変多かったようです。



そして甚大な被害の東北地方の被災地の方を思うと胸が痛みます。
停電、断水、余震と怖い夜を過ごしましたが、
大勢の方が何の予告もなく突然無念に亡くなられたことを思うと本当になんと言っていいのか・・
心からお悔やみ申し上げます



心配してメール頂いたブログ友や、友人達ありがとうございました。

さっきも、すごい余震でした。外に飛び出したら、近所の人達も皆出ていました。
車に、荷物をまとめて詰め込んだり非常用具も枕元に・・
この3日間で、マグニチュード7以上が70%と放送もされてます。
皆さんもくれぐれも気をつけてください。

計画停電、こちらは夕方になります。普段当たり前のように使っていた電気、水の大切さを実感しました。
これからは節水、節電に励みます。

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プロフィール

凛

Author:凛
2002年卵巣癌。
2005年まさかの乳癌。
手術、放射線治療、抗がん剤治療1年9ヶ月を経て現在ホルモン剤治療中。
皆と暮らせる今が幸せです。

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