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義母の入院

3日の夜、暮れから風邪ぎみだったという義母が救急車で運ばれました。
風邪の咳と思っていたものが、実は心不全の肺水腫のようでした。
(去年の丁度同じ頃、実兄も心筋梗塞で入院でした)


88歳ですが、今までずっと気丈に家事をこなし91歳の義父の面倒をよく見ていた義母です。
入院当夜は救急センターの入院棟で、発作が収まった義母は冗談言っったりして「すぐ帰る」と元気そうで少し安心していました。翌日には、循環器の病棟(相部屋)に移れ「楽になった」と言っていましたが。。

心電図などの検査の結果、6日に肺に貯まった水を減らす目的で酸素マスクをつけることになり、個室に変わりました。
装着した当初は「苦しい。やりたくない。帰りたい」と初めてだだをこねていたけど、主治医から「30分、頑張って!」と励まされ最終的には「3日、頑張って」の声に指で3をだし「3日なら頑張る」となりました。

食事やトイレ(ポータブル)の時だけは外して、鼻へのチューブにかえ食事も頑張ってとり(と言っても1/4位)「あんまり寝てばかりだと足がダメになる」と心配して足の運動したそうだったけど「3日頑張ったらね」となだめる位です。
昨晩は義妹が泊まり、朝から昼過ぎまで義兄夫婦が付き添い、その後は私達夫婦。今夜は義妹。
明晩は私が泊まる予定で、容態やお互いの都合で交代で付き添うことになりました。


私が義母に付き添い 夫と、義兄、義妹の3人で主治医からの説明を受けたところでは、8年前に大動脈狭窄症と言われてから、普通の高齢者なら2~3年で発作がおこるのに良く頑張ったということです。
そして、延命治療についても話が及んだそうです。
人口呼吸器をつけると障害がおきたり、心臓マッサージなどで骨折したりすることもあるそうで最終的には3人で相談してもしもの時は、延命治療はしない決断になったそうです。


義母は高血圧もあって、自分の弟が脳梗塞で半身不随で長年寝たきりの姿をみてるので「みんなに迷惑かけないで逝きたい」といつも言って、自分でも色々勉強してサプリやら水を飲んだりして頑張っていました。


私の母亡きあと本当にお世話になったし、明るく優しいお手本にすべき義母です。
マスクをしながら冗談言ったり、私の身体も気遣ってくれます。

義父の待つ家に早く帰れるよう頑張る義母。
乗り越えて、早く良くなって家でゆっくり過ごせるように。


なんだか眠れず、色々調べたりして珍しくこんな時間になりました。

明日、いやもう今日だけど
早番の仕事の交代を前から頼まれていたので、日中は仕事の予定。
そろそろ、横になることにします。。今夜熟睡してしまわないように。
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凛

Author:凛
2002年卵巣癌。
2005年まさかの乳癌。
手術、放射線治療、抗がん剤治療1年9ヶ月を経て現在ホルモン剤治療中。
皆と暮らせる今が幸せです。

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